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岐阜地方裁判所 昭和57年(ワ)532号 判決 1985年9月12日

原告 黄龍洙

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 羽田辰男

被告 学校法人 岐阜朝鮮学園

右代表者理事 権載文

右訴訟代理人弁護士 横山文夫

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金六七三万七〇〇六円及びこれに対する昭和五四年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告両名の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告両名に対し、それぞれ金一二二六万二三四一円及びこれに対する昭和五四年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告両名の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告学園は肩書地に所在する学校法人であり、附属幼稚園を併設しているものである。

原告黄龍洙は、右幼稚園年中組に通っていた訴外亡黄泰権(一九七六年一一月一九日生、以下「泰権」という。)の父親であり、原告金和子は泰権の母親である。

2  事故の発生

昭和五四年一〇月一六日午後二時過ぎころ、被告学園校庭のサッカーゴール付近において、同学園初級学校の児童らがサッカーゴールに取り付けられていたネットにぶら下がって遊んでいたところ、右児童らの重量でサッカーゴールが転倒して、その一部で、同所で遊技中の泰権の頭部を強打したため、黄泰権は同月一七日午前八時三七分ころ岐阜県羽島郡笠松町所在松波病院において、脳挫傷により死亡するに至った。

3  責任原因

(一) 被告は、前記サッカーゴールを所有し、これを占有していた。

(二) 被告は、同校庭に右サッカーゴールを設置していたが、従前はその四隅の脚の部分に鉄杭を打ち込んで固定して容易に動かない状態にしてあったものであるところ、本件事故の数日前に同校庭において運動会が行われた際、杭を抜いてこれを移動し、運動会終了後は固定のための鉄杭を打ち込むことを忘れ、ないしは固定不十分のままこれを放置していた。このため、右サッカーゴールに対して外部から力が作用した場合には、これが転倒する危険性があった。

(三) 本件事故直前、泰権は被告学園の送迎バスの中でその出発を待っていたが、同人の姉二名を含む数名の上級生が校庭のサッカーゴール付近で遊んでいたところから、自分もその付近へ行きゴール下で上級生がネットにぶら下がって遊ぶのを見ていたところ、右サッカーゴールが前記のとおり転倒する危険のある状態で放置されていたため、子供らがゆさぶったときに前方に転倒し、泰権に当たるに至ったものである。

(四) したがって、土地の工作物であるサッカーゴールについて、その設置又は保存に瑕疵があったのであるから、被告は、サッカーゴールの占有者として、本件事故によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 泰権の逸失利益

泰権は、死亡当時二歳一一か月の健康な男子であったから、本件事故に遭遇することなく生存していれば、満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働し得たものと推定される。右期間中、平均年額一五〇万七〇〇円(昭和五五年賃金センサス)を下らない収入を得、期間中その五割を生活費として費消するものとして控除し、中間利息の控除につきホフマン式年別複式計算法を用いて死亡時における逸失利益を算定すれば、金一三五二万四六八三円(円未満切捨)となる(1,500,700×0.5×18.0245=13,524,683)。

原告らは、泰権の父母として、これを二分の一ずつ各金六七六万二三四一円(円未満切捨)ずつ相続した。

(二) 慰藉料

泰権の死亡により原告らが父母として受けた精神的苦痛の大きさは筆舌に尽くし難く、これを慰藉すべき金額としては、各金五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

被告は、本件事故に基づく損害賠償などについてまったく誠意を示さなかったので、原告らはやむなく本訴の提起、追行を本件訴訟代理人に委任し、同代理人に対し、岐阜県弁護士会報酬規定所定の手数料として金二〇〇万円の支払を約した。原告らは、右金員の二分の一各金一〇〇万円の支払義務を負担している。

(四) なお、葬儀費用は、被告の負担においてなされたのでこれを請求せず、又被告学園の保険より金一〇〇万円の給付を受けたのでこれを二分し各五〇万円宛控除する。

5  よって、原告両名は、被告に対し、それぞれ右損害賠償金一二二六万二三四一円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和五四年一〇月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3(一)  請求原因3の(一)の事実は認める。

(二) 請求原因3の(二)の事実中、被告が事故の直前の運動会の際サッカーゴールを移動し、運動会終了後設置し直したことは認めるが、運動会終了後は杭を打って固定していなかったとの点は否認する。被告は運動会後サッカーゴールの四隅に鉄杭を打ってこれを固定したものであって、必要な措置はこれを講じているものである。本件事故は、鉄杭を打ち込んでからまだ日が浅かったため地盤が十分に締まっておらず杭がきかなかったことが原因で発生したものであり、予見は困難であった。

(三) 請求原因3の(三)の事実中、本件事故の概要は認める。

(四) 請求原因3の(四)は争う。

4  請求原因4の事実中、泰権の葬儀を被告の費用で挙行したこと、被告から保険金として金一〇〇万円を原告らに支払ったことは認めるが、その余の事実はいずれも知らない。

三  抗弁

仮に被告に損害賠償責任があるとしても、本件事故においては次のような事情があり、かかる事情は被害者側の過失として損害賠償額の算定にあたって十分斟酌されるべきである。すなわち、

1  被告学園は、岐阜県内に在住する朝鮮人の子供に朝鮮語及び朝鮮の地理、歴史等を学ばせることを主たる目的とし、学校教育法八三条の「各種学校」として設立されたものであるが、他の一般の私立学校とは異なり国や公共団体からの補助は全くなく、年間経費の約二〇パーセントを生徒等の父兄からの月謝で、その余を同胞人の寄附で運営されており、職員の給料も月額金七万九〇〇〇円で奉仕のような状態であった。したがって、被告学園における人的、物的な設備の整備は未だ十分とは言い難く、学園の運営並びに生徒等に対する安全の配慮に一定の制約が存したことは否めないが、原告らは、右のような被告学園の実情を十分知りつつ泰権を入園させた。

2  被告学園の幼稚部には四歳児を対象とした年中組と五歳児を対象とした年長組しかなく当時二歳であった泰権には入園資格がなかったのだが、原告らは当時国道沿いでドライブインを経営し夫婦で働いており、泰権を家においておくと危険であったため、原告らにおいて直接或は被告学園副理事長であった原告黄の兄を通じて、強く入園許可を要請し、結局被告学園の好意により入園に至った。

3  本件サッカーゴールの転倒事故は、泰権の姉二名を含む数名の児童がサッカーゴールに取り付けられていたネットにつかまってこれを揺すったために発生したものであったが、原告らにおいても、泰権の姉らに対して、平素からかかる危険な遊びをしないように十分注意、監督しておくべきであった。しかるに、原告らにおいてはこの注意監督義務を怠っていた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の地位

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の発生

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三  責任原因

1  被告学園が本件サッカーゴールを所有し、かつこれをその校庭に設置することにより占有していたことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によると、被告学園はサッカーゴールの設置に当っては、四隅の脚の部分に鉄杭を打ち込んで地面に固定し容易に動かない状態にしていたのであるが、本件事故の二週間程前に被告学園校庭において運動会が行われた際、杭を抜いてサッカーゴールを移動し、運動会終了後これを元の位置に戻したものの、杭を打たずにそのまま放置していたこと、本件事故発生当日泰権の姉二名を含む約八名の小学生がサッカーゴールのネットにぶら下がってサッカーゴールを前後に揺すって遊んでいたところ、右サッカーゴールが前方に倒れ、その鉄わくの部分が、たまたまその附近で遊んでいた泰権の頭部を強打して、本件事故に至ったものであること、司法警察員猿渡勝が本件事故発生直後現場に臨場した際には、鉄杭等サッカーゴールを固定するための何らかの装置も見い出し得なかったことが認められる。《証拠省略》中、運動会終了後従前のようにサッカーゴールの四隅の脚の部分に鉄杭を打って固定したと供述する部分は、前記認定事実に照らし信用できない。

右事実によれば、本件事故当時、被告学園において設置していたサッカーゴールは、通常講じらるべき転倒防止のための措置が採られていなかったため、危険な状態にあったものと推認されるところであるから、これによれば、被告学園のサッカーゴールの設置又は保存について瑕疵があったものと認めざるを得ない。

3  以上認定したとおり、本件においては土地の工作物であるサッカーゴールについて、その所有者兼占有者である被告学園の設置又は保存に瑕疵があったものというべきであり、かつ、本件事故により原告らに生じた損害は、右の瑕疵のため生じたものと認められるので、被告学園は右損害を賠償すべき責任を有する。

四  損害

1  泰権の逸失利益

泰権が死亡当時二歳であったことは上記のとおりであるから、本件事故により死亡しなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働し得たものと推認できる。そして泰権は、右期間を通じ、昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表による産業規模計学歴計の男子労働者一八ないし一九歳の平均年間給与額に相当する金一四二万四三〇〇円の収入を毎年継続して得るものと推認するのが相当であるから、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきホフマン式年別複式計算法を用いて死亡時における泰権の逸失利益の現価額を算定すれば、左記のとおり金一二一二万三三五六円(円未満切捨)となる。

1,424,300×(28,5599-11,5363)×0.5=12,123,356

原告らは、泰権の父母であるから、同人の死亡によりこれを二分の一ずつ各金六〇六万一六七八円(円未満切捨)宛相続したものと認める。

2  慰藉料

《証拠省略》によれば、原告両名が泰権の死亡により甚大なる精神的苦痛を受けたことが認められる。右事実に泰権の年齢等本件口頭弁論に現われた一切の事情を総合斟酌すると、原告らが受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、各自金五〇〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

1  被告学園は、岐阜県内に在住する朝鮮人の有志により、その子弟らに朝鮮語、朝鮮の歴史及び地理等を学ばせることを主たる目的とし、学校教育法八三条の「各種学校」として設立されたものであるが、他の一般の私立学校とは異なり国や公共団体からの補助は全くなく、年間経費の約二〇パーセントを生徒等の父兄からの月謝で(当時の月謝は、中級学校が五〇〇〇円、初級学校が三〇〇〇円、幼稚部では本代、スクールバス代等を含めて八四〇〇円といったように非常に低廉であった。)、その余を同胞人の寄附で運営されていたため、その経営状態は苦しく、教職員の数は十分とは云えない状態であった。

また、教職員は民族教育という目的に奉仕する者としての側面が強調され、これらの者に対する給料も月額金七万五〇〇〇円と他と比較して極めて低廉であった。原告黄の兄が被告学園の副理事長であったこともあり、原告らとしては右のような被告学園の運営状況を熟知しており、また被告学園の幼稚部には四歳児を対象とした年中組と五歳児を対象とした年長組しかなく、当時二歳であった泰権には入園資格がないことも十分承知していたけれども、原告らは、当時国道沿いでドライブインを経営して夫婦で働いており、泰権を家においておくと危険であったため、昭和五四年五月ころ、被告学園初級学校に在学する姉二人、幼稚園年長組に在籍する姉一人と一緒に泰権も預かってほしい旨被告学園に要請した。この申し入れに対し被告学園の方では、年齢的にみて預かるのは難しいということからいったんは断わったが、その後も原告らの方から何度も要請があり協議を重ねた結果、教育や保育という問題はさておき、同胞の生活安定、相互扶助という見地から「困っているときには互いに助け合おう。」との民族意識のもとに例外的に泰権の入園を認めることにした。泰権の学園での生活ぶりについては、しっかりした子供ではあったが、ぐずったりだだをこねたり年中組の他の子供より余計に手がかかることは否めなかった。

2  訴え取下げ前の相被告徐朝美は年中組の保育を担当していた者であるが、保育終了後スクールバスが発車する午後二時半ころまでの三〇分ないし一時間の間は、徐が付添って校舎前に駐車してあるスクールバス付近で園児を遊ばせるのが常となっていたところ、本件事故当日である昭和五四年一〇月一六日は、教務室へ行く用事があったため、園児らをバスに乗せた後、徐が戻ってくるまでバスの中で待つよう言い置いてその場を離れた。たまたまこの日は、初級学校に在学する泰権の二人の姉が、授業を終りスクールバスの発車を待つまでの間、運動場で遊んでいたのであるが、これを見た泰権は年長組に在籍するもう一人の姉と共にバスを降り、二人の姉の方へ行きその遊ぶのを見ていた。そうしているうち、同日午後二時過ぎころ、泰権の二人の姉を含む約八名の小学生が、前記のとおり、サッカーゴールのネットにぶら下がってサッカーゴールを前後に揺すって遊び初めたところ、右サッカーゴールが前方に倒れて、本件事故を発生するに至った。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実に基づいて考えるに、原告らは、被告学園の運営状況を熟知し、その人的、物的設備が未だ不十分であることを認識しつつ、被告学園の民族意識に頼って規定の年齢に達しない泰権の入園を好意的に受け入れてもらっていたのであるから、泰権はもちろんその姉らにも危険な行為をしないよう平素から十分注意しておくべきであったにもかかわらず、泰権の姉二名を含む上級生が放課後危険な遊びをしたことが本件事故発生の一因となったことは上記のとおりであるから、他に特段の反証のない本件においては、原告らにも前記注意義務を十分に尽さなかった過失があると認めるのを相当とすべく、そして、上記認定事実その他本件に現われた一切の事情をしん酌すると、原告らの側の過失割合は四割と評価するのを相当と認める。

よって、本件賠償額の算定にあたっては、原告らの前記四及び2の損害額に四割の過失相殺をすると、その残額は原告らそれぞれにつき金六六三万七〇〇六円となる。

六  損害のてん補

被告が原告らに対し金一〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがないから、原告らそれぞれにつき前記五の金額から金五〇万円を差引くと、原告らの損害残額はそれぞれ金六一三万七〇〇六円となる。

七  弁護士費用

原告らが本件訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、かつ報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本件認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係を有するものとして報告に請求しうべき弁護士費用の額は、原告ら各自につき金六〇万円とするのが相当である。

八  結論

以上の次第であって、原告らの被告に対する本訴請求は、それぞれ前記六及び七の合算額である金六七三万七〇〇六円及びこれに対する本件事故発生の翌日である昭和五四年一〇月一七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条九三条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立ては相当でないものと認め、これを却下することとする。

(裁判官 渡辺剛男)

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